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の7原則
其の1 食事もまた、呼吸なり。
食とは、他の生命を食べることです。私たちのいのちは他の生命に支えられています。他の生命とのいのちのやり取りや交流が食です。

 

其の2 栄養ではなくて「力」
食によって摂り込むものは栄養ではありません。生きる力です。他の生命の生きる力を摂りこんで、自分の生きる力に変えることが、食の本質です。ですから私たちが食べるべき食材は、厳しい自然環境を生きぬこうとする力を持っているものです。生き抜こうとする力は、野生の動植物が最も持っています。呼吸大学が提案する食糧生産の方法は、動植物の本能を引き出して、彼らが野生化するための環境づくりを第一とします。

 

其の3 質と量によって運命が左右される。
食は殺生です。必要以上の殺生は地球の循環システムから外れたものです。飽食は様々な弊害を生み出します。質の良い食べ物を少量いただくことが、直観力を高め、好運を得る秘訣です。

 

其の4 玄米と自然塩が核となる。
 口に入れるもので、これさえあれば生きていけるもの、そして、なければ死んでしまうもの。それは、穀物と塩です。
日本人にとって最適な穀物は米です。米を玄米のまま食べるのは、生きていく力を得るためです。白米には、芽吹き、成長する力はありません。塩はにがりという有害成分を完全には排除しない製法が、文化として継承されてきました。

 

其の5 伝統的な調理法を基本とする。
それぞれの地方には、その土地で生まれる食材を最も活かす調理法が昔から伝統的に伝えられています。これも継承されてきた食文化です。旬の食材を伝統的な調理法でしつらえることは、心身ともに健康的に生きる秘訣です。

 

其の6 何を食べるかは、その本人の直観的判断による。
おいしいと思うもの、食べて心地の良いもの、口に入れて幸せを感じられるものが最高です。その直観が正しければ、心身ともに調和がとれるようになります。
栄養学や食養法や陰陽論は、自分にとってピッタリとくる人だけが行えばよいことです。何か一つの考え方に囚われすぎると、バランスを崩します。楽しむ心や遊び心も必要です。

 

其の7 根源は土
植物も微生物も土から生まれます。魚も動物も土のあるところに生まれます。すべての生き物は土の化け物です。人間の正体も土です。昔から身土不二(私たちの体と土は同じもの)といわれてきました。

 

土が良質で生命力が高ければ、そこに生まれる食べ物も良質で生命力の高いものとなり、それを食する私たち人間もすべての面で良くなります。

 

 

呼吸大学がなぜ野生化農法をおこなっているのか

大豊作だよー近年、米の良い悪いは、米の味や外観、栄養成分などが論じられることがほとんどである。時には、有機栽培か否か、農薬が使われているか否か、ということに論点が集まる。
昔はどうだったのだろう。江戸時代から、米には等級というものがあった。今ではほとんど知る人はいなくなってしまったが、等級は5段階まであった。米は、今の時代よりよほど重要な物資であった。それは、食糧のみならず、「縄」「畳」「むしろ」「草履」など生活必需品の原材料であったからである。弱々しい藁では丈夫な草履はできない。だから、米の等級というのは、「米」だけではなく、「稲全体」をみて決められていたのである。

 

稲のハサガケ作業中
等級制度は、生活に広く深く影響を及ぼした「稲」に対し、生産者のみならず、消費者も、自ずと「米」をみる眼力が養われていった結果であると言えるだろう。ところが、今から40年ほど前には、1等級2等級の米が姿を消してしまった。このころには、すでに、稲全体というものが生活から遠ざかり、「米」だけをみる社会になってしまっていた。「稲藁」の必要性がなくなると同時に、人々の「米」に対する関心の度合いが急速に薄れていってしまった。

 

 

稲藁は後に建築用の壁土の原料の一部として有効活用される生活様式の変化は、農業の生産様式も大きく様変わりさせた。政府によって、3等級のものを1等級に、4、5等級のものを2等級に変更されたのはそのころのことであった。
「米」の等級を評価する検査官は、そんな様変わりの時代にもまだなお眼力を備えていた。それは、職人的職業故であろうと思う。その検査官たちからすると、そのころには1等級、2等級の評価ができるものが激減していた。それに対する苦肉の策が、政府の「等級替え」であった。

 

完全無農薬・呼吸する米のハサガケ作業品質劣化の原因を考えてみると、いろいろなことが見えてくる。60年前、化学肥料の登場、機械化のはじまりにより、大量生産の時代がはじまった。そこから20年で、1、2等級は姿を消したのである。「大量生産」とは、自然界の限界を超えているということである。犬や猫でも自然の状態で20匹のこどもを産むことはない。仮に、なんらかの方法を使って無理やりに産ませたとしても、正常なこどもが産まれてくることは想像しにくい。米も同じことが言えるはずだ。カタチは、立派な米にできるのかもしれないが、その内実はどのようなものか推し量れる。

 

今年は大豊作だよ♪
1、2等級のものがないと見た検査員はそれを見抜く眼力があったが、3等級が1等級扱いされてしばらくすると、そのような眼力を持つ職人的検査員はこの世を去り、その後は、評価の基準が「米の味」、「異物混入の度合」、「外観」など表面的であり、かつ「稲全体」をみないで、「米の成分」だけをみるという局部的判断の結果となってしまったのだ。それにもかかわらず、今では昔の3等級だった「1等級」はおろか、4、5等級だった「2等級」すら、とれなくなってきているのである。このことの意味を、今号で、少し深堀してみようと思う。(3頁へつづく)                   【呼吸大学通信 2012.10月号(第48号)より一部抜粋】
『呼吸大学通信』
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呼吸する米(完全無農薬・野生化農法)

 呼吸大学の所在地から南に10キロほど下ったところにある猪田(いだ)の田んぼは10数年前から毎年宮本一住さんと牧子婦人と二人、あるいは手伝ってくれる仲間と、「無農薬」「...